珍しくフレンチクリスタルではない70年代のローゼンタールのグラスを入荷したのでご紹介します。
1969年リリースでいかにも70'sなシェイプですが、どことなくアールデコの時代のサンルイのディアマンを70年代風に変化させてようにも見えます。
それなりに美しいデザインなのでブログでもご紹介する事にしました。
RCという品番はローゼンタールクリスタル、という意味でしょうか???
いずれにしても歴史的に意味のある名前がついている訳ではないので、恒例「名前の由来」は割愛します。
珍しくフレンチクリスタルではない70年代のローゼンタールのグラスを入荷したのでご紹介します。
1969年リリースでいかにも70'sなシェイプですが、どことなくアールデコの時代のサンルイのディアマンを70年代風に変化させてようにも見えます。
それなりに美しいデザインなのでブログでもご紹介する事にしました。
RCという品番はローゼンタールクリスタル、という意味でしょうか???
いずれにしても歴史的に意味のある名前がついている訳ではないので、恒例「名前の由来」は割愛します。
1900年代初頭のバカラ製品で最も美しいと言われるマレンヌです。
普遍的な美しさです。
もちろん美には大きく主観が入るのが普通ですが、日用品でありながら直線的なシェイプに施された優美な曲線のグラビュールカットが見事であることはどなたにも納得いただけると思います。

<名前の由来>
マレンヌ MARENNES とはフランスの地名。
スードル川の河口右側で成長したま ちで、現在は牡蠣の大生産地。県の重要な交通網の軸 のフランス西部の大西洋岸の街の名前です。
でもこんな素敵なグラスの名前になるくらいなら、それだけではなくて何か特別な歴史のある土地ではないかと調べてみました。
歴史的には百年戦争ではイングランド軍から繰り返し攻撃され、町や教会を破壊されます。
経済的には16世紀頃から塩の生産や鱈漁として栄え、1702年にはサントンジュにおける海軍司令部が置かれた。貿易や王室の行政で富を集めた貴族やブルジョワが美しい門を備えた豪奢な邸宅が建て始めます。 1749年には現在も主要な観光スポットとなっている美しいゴトーディエール城が建てらます。
19世紀初め、ナポレオン1世の フランス第一帝政時代に確実に衰退、第二帝政時代に牡蠣の養殖産業が始まると養殖業は急速に地元経済の主流を占め、古くからある 塩の湿地帯はカキ養殖場 に変わっていき、第三帝政時代には街の黄金期を迎えます。
その後19世紀に入り、ボルトガル種の牡蠣が疫病でほぼ全滅し、日本種牡蠣が取り変わった、などとの記述もありますが(ということはフランス、あのパリで食べた牡蠣は今では日本種ということに。。。。)、
、、、という感じで街の歴史を読んでもそういう産業のはなし話ばかりで、書いて楽しいような華麗な著名人物の話などは出て来ず、興味深いエピソードはなさそうだったのですが、ゴトーディエール城の歴史を調べたてみましたら、ちょっと関係がややこしいのですが、歴史上の著名人物が登場してきました。
ゴトーディエール城の建設は国王付技師フランソワ・フレノー(1703-1770)でフランソワ・フレノーの孫娘は、1794年に、後にイタリア軍、当時は大陸軍の工兵隊を指揮する将軍となるフランソワ・ド・シャスルー・ローバと結婚したため、ラ・ガトーディエール城はミュラ・ド・シャスルー・ローバ家の所有物となりました。
その後、マグダレーヌ・ド・シャスルー・ローバ侯爵 は、1923年にアシール・ミュラ王子 と結婚します。
このアシール・ミュラ王子は、ジョアシャン・ミュラとその叔父であるフランソワ・ド・シャスルー・ローバ侯爵 (1904-1968) の曾孫にあたります。
ジョアシャン・ミュラとは、元々はホテル経営者11人の末息子として生まれますが、ナポレオンの遠征で活躍し貴族の称号を受け、美男でもありナポレオンの妹のパオリーヌと結婚し、後にフランス勢力内にあった現在はイタリアの、ナポリ王国と両シチリア王国の国王になります。
パリのオルセー美術館に収蔵されている
オーギュスタン・エメ・ジョセフ・ルジューヌが1877年に撮影した
マグダレーヌ・ド・シャスルー・ローバ侯爵写真
側面やや後ろから撮った独特の構図で侯爵の雰囲気をよく出しています。
版権保護のため直接画像は転載はしませんがリンクはこちら。
https://www.musee-orsay.fr/fr/oeuvres/marquise-de-chasseloup-laubat-64490
パオリーヌ・ボナパルトと子供達
本来はクリスタルのスプーンがついていますが
この品は梱包者にオリジナルの箱と共に捨てられる
と言う極めて遺憾な事件の被害を受けました。
アルクール ミズーリというダブルの名前を持つこのモデルは、私の知っている限り、マスタード入れ、ジャム入れなどだけに与えられている名前の様です。
(間違っていたらご指摘ください。)
アルクールは言わずと知れたバカラを代表するフラットカットのテーブルサービスから来ていると言って良いでしょう。
もう一つの名前ミズーリの由来は?
ミズーリはアメリカの第21目の州。
ミズーリ州名はミズーリ川から来ていいます。ここではミズーリ州だけに限らず、ミズーリ川流域から来ているのだと推測します。
バカラ製品のネーミングに何故いきなりアメリカの地名がついているのかと言うと、実はこの地域フランスとの縁が深いのです。
ミズーリ川流域はヨーロッパ人がアメリカ大陸に渡る前からインディアンが居住していて、河川沿いの考古学調査によれば7000年以上にわたって継続して人類が住んでいたことが示されているそうです。
ミズーリの名ははスー族インディアンの部族名だったとか。彼らはマイアミ・イリノイ語で「丸木船を持つ人々」を意味「ウィミスーリタ(ouemessourita あるいは wimihsoorita)」と呼ばれているのだそうです。イリニ族はこの地域でヨーロッパ人が初めて遭遇したインディアンで、ヨーロッパ人からミズーリと呼ばれることになりました。
ミズーリ川流域は広範囲にわたり16世紀からフランス領ルイジアナを中心にヌーベルフランス(新フランス)と呼ばれフランス王国が北アメリカに入植を行った地域。
まだ西部の詳細がありません。
かなりの広範囲です。
18世紀初頭には、フランス領ルイジアナは今日のアメリカ合衆国中西部のほとんどを含んでましたが、イギリスからの入植者の人口はヌーベルフランスの十倍以上で、イギリス軍に攻め込まれ陥落します。1763年に調印されたパリ条約では、フランスの北アメリカからの撤退が決まった。カナダとミシシッピ川以東の領土はイギリスに譲渡され、ニューオーリンズとミシシッピ川以西の領土はスペインに渡されました。
フランスによるルイジアナの植民地化は、今日でも重要な意味を持つ文化的遺産を残し、多くの市や村の名前もフランス語起源となっています。例えば、セントルイス、デトロイト、バトンルージュ、ニューオーリンズ、モービルなど。
「ルイジアナ」という地名はフランス国王ルイ14世に因んで付けられています。
ヌーベルフランスが1663年にフランス植民地として改革された後、
同地で使われたルイ14世の国璽
2020年国勢調査では州内で申告された祖先による構成比はドイツ系が27.4%、アイルランド系14.8%、イギリス系10.2%、フランス系はたったの3.7%だそうです。
ミズーリ州民の大多数は英語を話し、5.1パーセントは家庭で英語以外の言語を話している。セントルイスとカンザスシティ大都市圏では小さなラテン系社会でスペイン語が話されていますが、現在でも「ミズーリ・フランス語」と呼ばれるフランス語の方言があり、絶滅に近いとされている。この方言の話者は自らをクレオールと名乗り、17世紀後半からイリノイ・カントリーと呼ばれた地域に入植したフランス人開拓者の子孫。カナダやルイジアナのフランス語話者とは孤立して発展し、カナダ・フランス語やルイジアナ・クレオール・フランス語とは異なる特徴あるものになった。かつては地域で広く話されていたが、現在は数少ない年長者が話すのみで、絶滅が近くなっている、との事。
ちなみに、アルクールの名がつかない「ミズーリ」という名前だけのついたグラスもあります。他人の著作権を侵害しない写真がないので掲載できませんが、フラットカットのモデルです。
Photo©Patrick Schuttler
Courtesy: Baccarat
パリゾン( PARAISON)のセットは、1933年にインドールのマハラジャがマニック・バグにあったアールデコ様式の宮殿のために注文したもの。
インドールの最後のマハラジャはヤシュワント・ラーオ・ホールカル2世で1926年から1947年までインドールの藩王だったので、発注主はヤシュワント・ラーオ・ホールカル2世と言って良いでしょう。
意匠的には、1933年のリリースで、ローハンのリリースから3年しか経っていない事、ミケランジェロを代表するアラベスク模様のエッチングを施したグラスが全盛期だった時のリリースである事を考慮すると、かなり斬新で未来的なデザインだったと言えます。またシュバリエの常に先を見る目が垣間見られる逸品です。
Photo©Patrick Schuttler
Courtesy: Baccarat
実物を入手した訳ではないのですが、以前バカラのプレスオフィスから頂いた写真でブログページを加えることにしました。
*****
名前の由来
ローマ字読みにするとパライゾン( PARAISON)と呼んでしまいそうですが、「パリゾン」と表記するのがフランス語の発音に最も近いと思います。
「パリゾン」はフランス語で、2つの意味があります。
ひとつは、成形(特に吹き成形)のために準備されたガラスまたはプラスチックの塊の意味。
もうひとつは、その塊を丸く成形する実際の操作を指します。この用語は、「ガラスの塊」、つまり丸く成形してその後の加工に備える工程、あるいはこの工程の結果を指します。
ガラス製造において
操作を指す場合:
パラゾンとは、溶融ガラスの塊をパイプで操作し、丸く滑らかにする操作です。
工程を指す場合:
パラゾンとは、このようにして準備された溶融ガラスの塊自体を指す事もあり、吹き成形または最終製品への加工の準備が整得えた状態を指す事もあります。
ちなみにプラスチックの成形方法にはあまり詳しくないのですが、ブロー成形によってプラスチック製品を製造する場合、パラゾンとは、圧縮空気を注入する中空の端部を持つプラスチックチューブを指すそうす。これが金型内で膨張し、製品の最終形状を形成します。
以下の3つの画像はムラーノグラス(ベネツィアングラス)のプロモーション団体「Consorzio Promo Vetro Murano」のプロモーションビデオから拝借しています。バカラの工場風景ではありません。
ガラスが溶解された窯からパイプでガラスの塊を取り出す作業
取り出したガラスの塊を作業台に移す
フランス語ではこのガラスの塊をパリゾンと言うのです。
そう考えると、パリゾンのデキャンタは
このガラスの塊そのものの様な気もしてきます。
バカラの製品の大半は型吹きなので型に入れて吹きます。
では、このモデルに何故そんな技術的な専門用語の名前が付けられたのか。
1967年のフランス ガラス クリスタル連盟(出版社:Lallemand社)発行の「フランスのクリスタル」という本の中に6ページに渡り、グラス製造過程を説明するページがあり、その中でカップ部を吹いた後、脚をつける前に、このモデルの特徴となっている金属部分の様な治具に置かれていることがわかります。
この治具を意匠化してしまったのだと解ります。