アールデコ期の品で、幅の細いフラットカットが上方にスッキリと伸びるデザインが独特です。
リキュールセット424 BACCARAT SERVICE A LIQIUORE 424のカタログページしか持っていなかったのでずっとバカラ424と呼んできましたが、最近になって複数のオークションハウスが ブリュイエール、BRUYE’REと呼んでいるのを見つけたので名前の由来を加筆して新しいページ設けることにしました。
1938年の写真カタログ
とても90年前の品とは思えない、タイムレスなデザインです。
シャルムと同型で吹かれていて、カットが異なります。
印象としてはシャルムより新しい感じがしますが、1938年のカタログでは同じページに掲載されています。シャルム同様バカラマークのない品もあるのでリリースは1930年代初頭になります。
サイズリスト
リキュール セット
「名前の由来」
最近になって知った「ブリュイエール BRUYE’RE」という名前が、単なるコレクター間の通称なのか、正式名称なのかは分かりません。
「ブリュイエール BRUYE’RE」という言葉にはいくつかの意味があります。
最も可能性として高いと思われるのは冬に可愛らしい花を咲かせる「エリカ」。
日本語でもイタリア語でも「エリカ」ですが、フランスで通称「ブリュイエール BRUYE’RE」と呼ばれています。
花の咲いた小さな株が曲線を描きながら上方向に伸びている姿は、このグラスのイメージと重なります。
「エリカ」
他に木製パイプなどに使用される木の根の部分の木材をフランス語では「ブリュイエール BRUYERE」と呼びます。
木の根の部分の木材
人名としては最も有名な人物は17世紀のモラリスト作家「ジャン・デ・ラ・ブリュイエール Jean de La Bruyère」が挙げられます。
ジャン・デ・ラ・ブリュイエール肖像画
ベルサイユ宮殿所蔵 作者不明
その他の著名人には1879年生まれのエジプト学者で考古学者ベルナール・ブリュイエールがいて、1922年から1940年と1945年から1951年までエジプト王家の谷の墓の掘削と装飾に従事する職人たちの村デイル・エル・メディナで発掘作業を行います。
1922年10月にイギリスのエジプト学者で考古学者のハワード・カーターにまだ調査していない場所、すなわちラムセス6世の墓の入り口のふもとを探索することを提案したのはベルナール・ブリュイエールで、そこでハワード・カーターの率いる発掘団はツタンカーメンの墓を発見したと言われていて、その後も多くの重要な発見をします。
数多くのレポートの他「ベルナール・ブリュイエール発掘日記」を書いています。
ベルナール・ブリュイエール発掘の一つTT219
1928年発見
Photo©Mutnedjmet






















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