2023年6月24日土曜日

エミール・ガレ Émile Gallé I





エミール・ガレのガラス器、エミール・ガレに関しては一度には網羅しきれないので今回のブログ記事は「I 」とします。続きはいつになるかわかりませんが。


エミール・ガレというと濃厚なカラートーンのカメオガラスを連想する人が多いのではないかと思うのですが、個人的には19世紀末の濃厚な香りがするカメオグラスより(もちろんそれが好きだという人も多いと思いますが)、タイムレスなガレのエナメル彩のガラス器にとても惹かれます。


希少で単価が高いのでネットのみの販売、破損のリスクのある輸送、など諸々考えると転売用としては躊躇しざるを得ないアイテムです。




写真は今年の年頭のご挨拶にでも掲載したエミール・ガレのシリーズのエナメル彩のリキュールグラス。

昨年末に6客セットで購入した品です。値段がつけられず、転売の予定をしていないので「仕入れた」とは書けません。

直径53mm 高さ87mm満水容量50ml程度の小さなリキュールグラスですが、一客一客異なる手描きのエナメルが散りばめられています。


一つひとつ異なるエナメル絵付け



足部にも最低2種類のエナメル絵付けが入っています



本体にガレのサインはありませんが、このシリーズのクープグラスが2022年の初頭にフランスのオークションハウスでオークションにかけられていた際のオークションハウス説明によると「付け絵と同じエナメルでのガレのサインはないが、小さな紙のシールにガレのサインがある」とのことでした。

落札額は1客で1850ユーロ。仮にオークションハウスのマージンを30%として加算し、円に直すと1客35万円を超える事になります。


見惚れながらも私の扱えるような価格帯の品ではないので画像だけでもコレクションしておこうと、沢山撮ったスクショを保管していたのですが、年末に、サイン付き紙のシールのないリキュールグラスが売り出されたものを購入しました。


ガレのエナメル彩のグラスには、大半がエナメル(?)でサインが入っていてこのクープグラスの記述にあった紙のシールのサインというのがどのようなものか検証できないでいたのですが、先日イタリアのオークションハウスに出品された品物がサインなし、シール付きだったのでここにご紹介します。


右上がこの器についたガレの紙のシール



一般的なエミール・ガレのサイン I


一般的なエミール・ガレのサイン II


冒頭にも書いたようにエミール・ガレと言うとエナメル彩のガラス器よりカメオグラスを連想する人の方が多いかもしれません。骨董市場で出回る品もカメオグラスが多いことから、製造数も多かったのではと想像します。(あくまで想像)


ガレのカメオグラスは、オリジナルのものだけではなく、東欧でレプリカ品が多く作られていて、私の住んでいる北イタリアの古道具屋などでもレプリカ品はさほど入手は困難ではありません。


レプリカ品でもガレのサインが入っているのですが、本物のガレのものとレプリカ品がの見分け方は、東欧のレプリカ品はサインが器の上半分に入っているとどこかで読んだことがあります。(出典が見つかりません。。。失礼!)



こちらは本物のガレのカメオグラスとそのサイン I



こちらも本物のガレのカメオグラスとそのサイン II




カメオグラスの歴史は紀元前に古代ローマで生まれたと言われていて、紀元前30年とされていますが、カメオグラスの技術が開発されて以降19世紀に渡り古代ギリシャ、古代ローマ的なローマ時代のカメオグラス同様人物像がモチーフが中心でした。所謂カメオのブローチのようなものと言えば簡単に想像できると思います。


ローマ時代のカメオグラス

ガレが植物モチーフを導入するまでは

こういったローマ風のデコレーションが一般的でした。



カメオグラスへのガレの功績は、そこに19世紀末フランスで大流行していたアールヌーボースタイルを取り込み、植物モチーフを中心としたことで、イメージを一新します。



これを追随してバカラ やヴァル・サン・ランベールなども工業化された技術を利用して、植物モチーフの製品を量産するに至ります。

イタリア語ではバカラ のエグラティエなどに見られるエッチングによるモチーフの工業的プロセスによる削り出しはFALSO CAMEO、直訳して偽カメオ、と呼ばれています。英語では掘り出し部分を普通に「エッチング」と呼んでいる書籍が大半ですが、本場フランスでどう呼ぶかは調べていますがまだ不明。偽カメオというと聞こえが悪いのでエッチング カメオと呼ぶことにしましょう。




バカラ のエグラティエのエッチング カメオ

もちろんこれはガレの作品ではありません。






人、エミールガレ


アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家で陶磁器、木工家具デザイナーであったエミール・ガレについては書くべきことが沢山ありますが、ここでは簡単に経歴をまとめます。


エミール・ガレは1846年にナンシーで生まれます。ナンシーのあるムルト=エ=モゼル県は屈指のガラス、クリスタルの産地で。ドーム(Daum)本社がナンシーに、バカラ村も同県内にあります。


植物の遺伝と進化に関しても詳しく、かれか科学者にならなかったのは数学が苦手だったため、と言われています。エミールのスタジオのドアには「私たちのルーツは森の奥深く、苔の間に、泉の周りに。」というもっと描かれていたそうです。


エミールの父シャルルは繊細なエナメルがを得意とする画家でしたが、陶磁器とクリスタルの商人の家で育ったファニー・ライネマーと結婚後、オリジナル商品の製造販売を始め商業的にも成功します。


若い頃のエミールはドイツ語と鉱物学を学ぶためにドイツ、ワイマールに行ったり、ロンドンに滞在したりします。

1867 年に彼は万国博覧会に父親から引き継いだ会社の代表として出席します。

その後自然科学植物学への情熱からナンシーの博物学者であり医師であるドミニク=アレクサンドル・ゴドロンの弟子になったりもします。

またアンティーククリスタルの研究でパリに滞在した時期にアラブ風のエナメル祭の作風で知られるフィリップ=ジョゼフ・ブロカールや当時のフランス、ジャポネスクの旗手であったはウジェーヌ・ルソーに強く影響を受けたと言われています。




フィリップ=ジョゼフ・ブロカール作品例

アラブ風のデコレーションをかなり直接的に取り込んでいますが、その後バカラのシュバリエがフランス風に咀嚼したアラベスク模様を導入するのにはこういった作品が背景としてあるのかもしれない、と思わざるを得ません。

ブロカール作品は日本のサントリー美術館にも収蔵されています。

上のブロカール作品写真は以下のサイトから拝借しています。

https://www.makmaartgallery.com/content/feature/40/artworks-199-philippe-joseph-brocard-1831-1896-mamluk-style-enameled-and-gilded-blue-glass-basin-circa-1880/

https://www.invaluable.com/auction-lot/attribuee-a-philippe-joseph-brocard-a-paris-franc-26-c-f7d4c739a3





ウジェーヌ・ルソー作品例




ナンシーに戻った後は、ガラス技術の様々な新しい方法をを探求し、縞自然を模倣することに取り組んでいます。 1875 年にヘンリエット グリムと結婚。その後、1877 年、31歳の時に父親の事業を引き継ぎビジネスを発展させます。


1878年の万博に失点した作品は4つの金メダルを獲得し、その名は一躍世界的に有名になります。


1883年にはガラス工芸、陶磁器、木工のために広い工房を開き、多くの職人や芸術家がエミール・ガレのもとで働くようになります。


その後パリ、シカゴ、ミュンヘン、フランクフルト、ドレスデン、トリノなどフランス内外の様々な都市で展示を展開し、1889年のパリ万博でグランプリを得て、同年フランス最高の勲章と言われるレジオンドヌール勲章を授与されます。


その当時ガレの工房で働く職人や芸術家は300人に登っていました。相当な大企業ということになりますが、それでもガレはコラボレーた。に対し実際の花のモデルを目の前にせずに花を再現することを禁じていたと言われています。


1900年にはキャリアの頂点に至り、ガレ自身はグランプリ二個と金メダル、1898年からガレと仕事を始めたローズ・ワイルドの作品も銅メダルを獲得します。




少し脱線してこのローズ・ワイルドという人についても調べてみました。まず名前ですがローズ・ワイルド=野ばらなどと、まるでガレとコラボするための芸名かと思いましたが本名はローズ・レジーナ・フェルナンド・ワイルド、ですので本名です。1872年同じくナンシーに生まれ、ナンシー派の活動家の中で紅一点の存在で、受賞などで注目を集めましたが1903年行方不明となり、1904年に自殺して32年の短い人生を閉じます。



ローズ・ワイルドの淡彩画




ナンシー派の存在を確立されたと言われる1894年のナンシー装飾芸術展のポスター



1811年生まれのシャンパンメーカーPerrier-Jouët (ペリエ ジュエ)のボトルもエミール・ガレの意匠。1902にエミール・ガレに依頼したもので、ガレは日本アネモネをモチーフににデザインを考案、120年以上経った今ででも同じデザインで市場で流通しています。



Perrier-Jouët (ペリエ ジュエ)のボトル ©Perrier-Jouët


ガレは1902年にパリ国立美術協会およびいくつかの科学協会の会員になった後、1904年に死亡します。死因に関しては、職業病と結びつけようとする説が様々ありましたが、実証はできていません。


***


そのように受賞勲章とキャリア面では輝かしいガレでしたが芸術家であることで世界との接点を失ってはいけないと考え「美は単に表面的な快感であってはならない」と、不当な政治を訴えるために活動します。

またフランス人権連盟創設の 1 年後、1898 年 10 月にチャールズ・ケラーおよびヒポリット・ベルンハイムとともにナンシー支部を設立。

エコロジーの先駆者の一人でもあり、ナンシーの野生植物保護協会の設立に参加しています。


また当時大事件として扱われたドレフュス事件に関し、フランス陸軍内部に情報漏洩者として反逆罪で逮捕されたユダヤ系フランス人陸軍軍人アルフレド・ドレフュスの無罪を主張したことでナンシーの多くの市民から嫌われるようになり、会社の売り上げの暴落にまで影響します。その不人気はガレと彼の妻を見かけると人々が反対側の歩道に移るほどだったとさえ言われます。

ガレがそれほどの不人気になるほど擁護したアルフレド・ドレフュスは1899年9月19日に釈放され、1906年に最終的なに免責を受けます。ガレの判断が正しかったわけです。





2023年3月2日木曜日

アンティークバカラ 8738型 9245カット マルグリット BACCARAT 8738-9245 MARUGERITE




マルグリット写真 左からポートワイングラス、ワイングラス、シャンパンクープグラス



マルグリット部分写真



流麗なカットの美しい大変希少なモデルです。

1903年、1907年のバカラのカタログには掲載されていますが1916年のカタログには見つかりません。


マルグリットサイズリスト



製造時期も短く極めて希少なためアールヌーボー調のカットのデコレーションで今まで仕入れたことのなかったアイテムで、カタログページを見て現物を想像していただけでした。

今回グラス3タイプだけの入荷で、あいにく最も大きいウォーターグラスはありませんが、ブログの項目を追加することにします。


1903年カタログページ



マントノン やマレンヌなどにも共通するアールヌーボーの流麗なカットが特徴で極めて魅惑的な品です。


カタログ上の正式製品番号は8738型 9245カットですが、このアイテムは可憐な花のカットのため通称「マルグリット」(マーガレットの意)とも呼ばれているようです。

あくまでも「通称」で、リシュリューやマントノン のように人々がそのように自然に呼ぶようになった名です。


そういう品を見る度に、製品の呼び名を使う人がつける、って凄い事でもあり、素敵なことだなぁ、とも思います。単なる商業製品以上の、物と人との関係が出来上がっていたのだろいうと想像してしまいます。



名前の由来

というわけで、名前の由来といっても生みの親のバカラがつけた名前ではありませんが、マーガレットの画像と図案を掲載しておきます。



マーガレット



植物図鑑のマーガレットのページ



マルグリットは女性の名前でもあり、最初に思い出すのは(あくまで私感)何と言ってもミニマルな文体で濃厚な感情を表現することで知られる作家のデュラスもマルグリットという名前です。



マルグリット・デュラス


2023年2月8日水曜日

アンティークバカラ 6186型8353カット BACCARAT 6186-8353

バカラ 6186-8353のウォーターグラスとワイングラス



2サイズだけですがサイズリスト


昨年夏前に仕入れた古いリシュリューのセットと一緒についてきたこのグラス、メーカー名が判らず、しばらくただの「フレンチアンティーク」として出品していました。



バカラ 6186-8353の1903年のカタログページ



オークション説明文には「品格があるので有名メーカのものではないかと思う。」と書きましたが、先日1903年のカタログを見直していて1903年から1916年までカタログに掲載されている6186型8353カットというアイテムと確認しました。なんという見落とし。。。もっと早く気がつくべきでした。

私の専門のはずのバカラの品だったことを見逃していたのです。




マントノン (左)との比較

よく見ると、マントノン と全く同じ形。勿論型番も同じ6186型。

器部分のカットだけが異なります。


1900年代初頭のバカラのカタログは資料を見なくても概ね記憶していると思い込んでいたのは自己過信、と反省。



大変めずらしい品で、正式品番で売られているのを見たことありませんでした。だから気がつかなかったとも言えますが。。。

デザインは現代的でとてもカットが斬新。とても100年前のデザインとは思えません。


印象は1973年から 1990年まで製造されていたLUCULLUS少し似ていますが、LUCULLUSはほぼ格子のカットなのに比べ、このアイテムはまず3段一周等間隔に楕円のカットを施し、その楕円の間に星のようなカットを加えていて、LUCULLUSよりも圧倒的に手の込んだカットです。



印象が少し似ているバカラLUCULLUS


8353のような手の込んだカットをしていたら、高価になりすぎるので利潤先行の現代では製造は難しい品とも言えます。


このアイテムも品番だけで呼び名がないので、名前の由来コーナーは割愛です。









2023年1月24日火曜日

アンティークバカラ 4360 BACCARAT 4360

比較的めずらしいモデルです。

雑草のような草花が描かれたグラヴュール心が和みます。


1907年のバカラのカタログのアールヌーボー調のグラヴュール製品で今まで仕入れたことのなかった唯一のモデルです。

たまたま最近購入したセビーヌのリキュールセットのトレーと、シャルムのセットに1客だけ混ざっていたタンブラーが4360のグラヴュールだったので、食事用のグラスセットはありませんがブログの項目を追加することにします。


4360アメリカングラス

直径68mm 高さ100mm


こちらは1客だけだったのでサンプルになりますが、

Lというモノグラムが特注で入ったグラスでした。





4360のグラヴュールのトレー

セビーヌのリキュールセットについていた小さめのトレーです。

直径253mm 高さ23mm



1907年のカタログの4360のページ



サイズリスト




製品名が番号なので恒例の「名前の由来」コーナーはありません。

なんの草花だろうかと少し調べてみたのですが、判らず。

ご存知の方がいらっしゃいましたらご教授ください。

2023年1月5日木曜日

アンティークバカラ ロンシャン  BACCARAT LONGCHAMP

バカラ樽型ローハンと同型のロンシャンを初入荷しました。


グラスのロンシャンの購入が決まったので、入荷を待ちながらブログ書きを進めておこう、まずは
20世紀の建築の巨匠ル・コルビジェの名作のロンシャンの教会のことを!と張り切って調べ始めたら、、とほほ、、ル・コルビジェのロンシャンの教会のスペルはRongchamp、グラスのネーミングはLongchamp 。。。ヨーロッパに長く住んでいてもRとLの区別はいまだに苦手です。ちょっと日本語で「バカラ ロンシャン」と検索したらやはり同様の勘違い=ル・コルビジェのロンシャンのことを書かれている方が他にもいらっしゃいました。一人じゃなくて良かった。。。(笑)


そしてLongchampで検索すると著名バックブランドのせいでカバンの画像やサイトばかり出てきてしまう。困ったものです。


その後色々調べましたが、はLongchampと名の付く町は3つほどありますが人口も少なく、特記する歴史背景もない。

だからそのどれかの町に由来している考えるのも無理がありそうです。


唯一有名な「Longchamp」はパリの競馬場。このモデルはパリの競馬場ロンシャンから名お受けている、と断定して良さそうです。

パリのバッグブランド、ロンシャンもこのロンシャン競馬場から名前を取っているのだそうです。


そう考えると、もしかしたらこの2本の水平カットは競馬レーンからインスピレーションを得ているのかもしれません。ロンシャン競馬場を描いたマネの絵画に描かれた競馬レーンの柵を見て見て下さい。


ロンシャン競馬場を描いたマネの絵画(1872年)



パリのブローニュの森(Bois de Boulogne)はパリの西側にある大きな公園。シャンゼリゼを背にして凱旋門の少し先の左側の巨大な公園、と言ったらわかりやすいでしょうか?その公園の中に競馬場ロンシャンはあります。


公園内には、フランス国立民族民芸博物館、フォンダシオン・ルイ・ヴィトン(こちらの設計はスペインのビルバオのグッゲンハイム美術館の設計などでも有名なフランク・O ・ゲイリー)、アクリマタシオン庭園の子供遊園地、バラ園で有名なバカテル庭園、シェイクスピア庭園、オートゥイユ庭園のほか、全仏オープンが開催されるテニス場スタッド・ローラン・ギャロスなどがあり、その中に有名なパリロンシャン競馬場もあるのです。

バガテル庭園は24ヘクタールもの広大なフランス幾何学式庭園で、バガテル・バラ園には約1万本のバラが植えられているそうです。(バカラのバガテルシリーズの項目はこちらをどうぞ)



昔は荒廃したパリ郊外の森だったのをルイ11世の時代に植林や道が整備されて徐々に公園らしくなったと言われます。ルイ11世(1423-1483)といと15世紀のことなのでかなり歴史のある地ということになります。

革命前はロンシャンの修道院でのミサを口実に、着飾った上流階級の人々が高級馬車に乗り富を見せびらかしてシャンゼリゼ通りからブローニュの森のロンシャンまで行く様子が”ロンシャンの散策 " と名ずけられた程だそうです。それを庶民がどんな目で見ていたのかを想像してしまいます。



ブローニュの森鳥瞰写真


現在のブローニュの森の形に近くなったのは、19世紀中頃の第二帝政期、ナポレオン三世が多種多様な植物を栽培し、乗馬コース、自転車道路、パリ ロンシャン競馬場、滝で結ばれた2つの人工池等様々な設備が整備されます。


日本で「競馬場」というと赤鉛筆と競馬新聞を持った賭けで殺気立ったおじさんが向かう場所、というイメージを持っている方も多いと思いますが。ヨーロッパでは立派な社交の場。上流階級も通うのでかなりエレガントな感じです。


ロンシャン競馬場竣工は1857年ナポレオン三世の出席で開幕式をします。


竣工当時のロンシャン競馬場


竣工当時のロンシャン競馬場



19世紀後半にはマネやドガなどの著名画家がロンシャン競馬場の様子を描いています。


ロンシャン競馬場を描いたマネの絵画(1867年)



ロンシャン競馬場を描いたドガの絵画(1873年)



ファッションの観点からだと20世紀初頭の競馬場のおしゃれな女性の姿も興味深いです。


ロンシャン競馬場の女性達(1908年)




ロンシャン競馬場の女性

ロンシャン競馬場、グランプリの日の女性装い

当時としてはかなり最新ファッション、という感じですね。

(年代不明ですが服装からアール・デコの時代でしょう)




開幕当時木造だった施設は1908年に石像で作り直されます。


1922年頃のロンシャン競馬場


さらに2015年から2018年3年間の工期で建築家ドミニク・ペロー氏の設計の最新の施設に建て替えられました。


2018年竣工の現在のロンシャン競馬場メイン客席


ちなみに仏語版のウィキペディアによると、ブローニュの森公園全体がフランス競馬界の管理下にあるとのこと。



色々珍しい画像をご紹介しましたが、この「風車のある競馬場」というのがロンシャン競馬場の最も象徴的な写真です。


2023年1月3日火曜日

バカラ ロザス ボトルコースター BACCARAT ROSACE






バカラのロザス( ROSACE)ボトルコースターを初入荷したのでページを追加しましょう。

ロザス( ROSACE)とは薔薇窓の事。

よく見ると、その物ズバリの名前です。


製造時期に関してはまだわかっておりませんが、今回入荷した品には古いバカラ マークがあります。



ボトルコースターは食卓にテーブルクロスを敷く習慣のある西欧の生活では使用頻度の高いアイテムです。特に重口の高級赤ワインなどは、一度染みがつくとなかなか取れないものですから。


テーブルクロスを敷く習慣のない日本でも、ボトルコースターを置くとボトルの高級感の演出に良いかもしれません。もちろんテーブルにワインの雫が垂れるのも防ぎます。


6人程度の会食ならテーブルになるワインボトルも1本ですが、八人、十人、12人という大人数の会食の多いヨーロッパではワインボトルが2本同時にテーブルに出されることも珍しくないのでボトルコースターはペア揃いを持ってるという人も少なくありません。







名前の由来


薔薇窓。

そうロマネスク様式や、主にはバロック様式の建築物に象徴的に使われる丸い装飾窓の事。

パリのノートルダム寺院の物などがつとに有名です。




パリのノートルダム寺院の西側薔薇窓

Photo: Eric Pouhier



パリのノートルダム寺院の南側二重薔薇窓

Photo: Uoaei1



フランス ランの大聖堂

Photo: Eric Pouhier


フランス カルカッソンの大聖堂の薔薇窓

Photo: Didier Descouens


写真が綺麗なのは普通薔薇窓のある建築物はバロックで全体にゴテゴテ装飾的のに比較し、建物のファサード全体がシンプルなカルカッソンのカテドラルの薔薇窓は薔薇窓がとても映える、と思います。



イタリア オリヴィェートのドーモの薔薇窓

Photo© https://www.orvietoviva.com/duomo-orvieto/







2023年1月1日日曜日

謹賀新年 2023


新年明けましておめでとうございます。


新年なので所有する物ではありませんがちょっと珍しい逸品をご紹介することにします。


写真はフランスのアールヌーボー時代のガラス工芸藝術先駆者エミール・ガレ(Emille Gallé、1846-1904)の19世紀末頃のクープグラスです。


ガレの作品はカメオガラスの花瓶が本物と東欧での戦後の複製品と併せ多く出回っていて有名ですが、個人的にはこういうガレの繊細なエナメル絵付けのガラス器が大好きで憧れています。


この写真は2022年の初頭にフランスの何処か思い出せないオークションハウスでオークションにかけられていて、(本当は写真の無断使用はいけないのですがで元が思い出せず、許可を取ろうにも取れない状態)見惚れながらも私の扱えるような価格帯の品ではないので画像だけでもコレクションしておこうと、沢山撮ったスクショの一枚です。


オークションハウス説明によると「付け絵と同じエナメルでのガレのサインはないが、小さな紙のシールにガレのサインがある」とのことでした。


落札額は1客で1850ユーロ。仮にオークションハウスのマージンを30%として加算し、円に直すと1客35万円近くになってしまいます。


***


実はこのシリーズの小さめグラスを6客入手の予定が立ち1月10日過ぎにリヨン郊外まで引き取りに行くことになっていて楽しみです。


サインのあるシールが残っていなくて売り手がエミール・ガレ作と知らなかったため破格で購入できました。。。。破格といっても決して決してお安くはありませんが。


ただ、とても値段はつけられないので、当分は私のコレクションになる予定です。

でも入手したらまたこのブログやインスタグラムで改めて紹介させていただきますね。


皆さま、今年もよろしくお願いします。